20代から30代の10年間、私は療養生活を送っていました。
病に倒れる前は、ある道を究めようと必死にもがいていました。
それがいつの間にか自分の許容範囲を超えていたらしく、気付いたら満身創痍。
夢をあきらめるだけではなく、普通の暮らしも送れない状態になっていたのです。
母は私の死を覚悟していたと、数年前に教えてくれました。
確かにひどい状態だったのだと思います。
当時のことを思い出そうとしても、霞がかかったようにぼんやりとしか思い出せません。
脳が記憶にアクセスするのを恐れているかのようです。
ただ覚えているのは、あの10年間の私は、私であって私ではなかったということ。
脳が入れ替わって別人になっているような10年間でした。
価値基準がそれまでの私とは異なり、今の私から見ると狂気の沙汰。
漆黒と極彩色の万華鏡のような毎日。
私の人生をもう一人の私に乗っ取られたのです。
体調が良いときに、人生を少しでも好転させようと、ある資格の勉強をしました。
しかし、病気のせいなのか薬のせいなのか、参考書を見ても文字の上を目が滑っていくだけで、まったく頭に入りません。
これからの人生、もう私は新しいことを学べないのだと、絶望したのを憶えています。
でも、悪いことばかりではありませんでした。
それまで私に欠けていた行動力と社交性、オシャレをする心が、もう一人の私には備わっていたのです。
ほとんど寝てばかりの10年間でしたが、体調が良いときは短期のアルバイトをしたり一人で外出をすることもできました。
流行の服を着てフルメイク、きれいに髪をセットして出掛けていました。
外出時の私だけを見ている人は、私が病人だとは思わなかったでしょう。
ニコニコと笑い、初対面の人とも臆することなく会話が弾みます。
夫のブーさんと出会ったのは療養生活8年目の春。
初めて会った時に「この人と結婚するかも」と思いました。
この頃になると、狂気の中でも自分に戻るときがあったのかもしれません。
いつも穏やかで私に多くを求めないブーさん。
よくこの人を選んでくれたと、過去の自分に感謝しています。
10年が経ち、元の自分に戻ったとき、昔の友人との差に愕然としました。
友人たちはパートナーと新しい家族を築いていたり、社会人として責任を果たし、立派な大人になっていたのです。
私といえば大した社会経験も積まず、ただ年を取っただけ。
10年間、ずっと立ち止まったままでした。
そんな私と結婚してくれたブーさんは相当な変わり者。
そして救世主。
結婚してからは止まっていた人生を前に進めるため、新しい挑戦の毎日です。
今年は約20年ぶりに本格的な勉強をして、FPの資格を取ることもできました。
新しいことを学べる自分が信じられないと同時に、とてもうれしいです。
他の人と比べると未だに体力がなく不安定ですが、自分の中では比較的安定した日々を送っています。
でも、時々ふと思います。
あの狂気の私はどこかで生き続けているのではないのか。
あの漆黒と極彩色の中、必死に一人で生きているのではないかと。
この世界とは違う、もう一つの世界で。